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相撲と横綱朝青龍の事

僕は相撲が好きだ。それほど詳しいわけでも、テレビ中継を欠かさず見るわけでも無いけど…。小学生の5年生の時、子供会対抗の相撲大会があった。1年生から6年生まで一人ずつ子供会の代表が出て、近くの子供会同士で団体戦を戦う大会だった。

僕たちの子供会はなんとか勝ち抜いて、決勝まで来た。僕自身はそれまでの対戦で全勝していたのだが、決勝の対戦相手はクラスメイトだった。彼はそれほど運動が得意では無かったけれど、これまでの対戦全てで「さば折り」と言う身体のでかさを利用した決め技で勝ち抜いてきていた。



さて、決勝での対戦となったのだが、それまでの対戦相手とは違って、4年生までの対戦で1勝3敗と負け越してひとつも負けられない状況で僕の出番となった。すると、6年生の主将が寄ってきて「さば折りには注意して絶対に勝て! そうすれば、相手の6年生には勝つ自信があるから」(勝数が同じ場合は大将戦の決定戦で勝敗を決める事になっていた)とアドバイスを貰ったのだが…。結果はあっけなく、さば折りで負けてしまった。対戦相手を舐めていた事と、さば折りと言う技をよく知らなかった事が敗因だった。主将と事前に練習をしていたら違った結果になっていたかも知れない。

時は流れて高校時代、学校は私学の運動部が強い学校で相撲部もあった。そんな高校3年のある日、他校の体育の授業では珍しいと思われる相撲の授業が行なわれた。まわしを付けての本格的な授業だった(もちろんジャージの上にまわしを着けたんだよ)。その最後の授業でクラス1を決めるトーナメント戦が行われた。運動音痴で身長もクラスの真ん中ぐらいだったけど、相撲にはまぁまぁの自信があったので、ある程度のところまでは勝ち進めるだろうと思っていたが、なんと決勝まで残った。

決勝の相手は僕より背の低い小柄な友達だった。そして、いよいよ対戦と言う時に、他の友人が「あいつがクラス1位なんて情けないから勝ってくれよ!」と言われた。それから、「体勢を低くして突っ込んでくる」と対戦相手の取り口も教えてくれた。結果は、小学校の時と同じように自分の取り口が出来ずに負けてしまった。(^_^;)

1年後輩にGという相撲部のヤツがいた。Gは中学で全国大会を制したと言う話を聞いた。彼は大学まで行き、その後、角界に入ったほどのヤツだった。中学三年の時、そのGと遊びで相撲をした事がある。ある程度相撲に自信を持っていた僕は、彼がどれほどのヤツか試したくなったのだ。結果は言うまでも無く、為す術も無く、完膚無きまでに、というより話にならないくらいに歯が立たなかった。ちょっと当たった後、すぐに腕を決められ、ぶんぶんと砲丸投げのように振り回された。身長163センチ、体重50キロの身体が子供同然の扱いだ。それまでは、相撲で負けても「今度対戦する時にはこうして勝てる」と思えたが、この時ばかりは完全な敗北で、何も考えられないほどだったのだ。

そんなGも(よく覚えていないが)大相撲では小結止まりだったと思う。角界とはそれほど常人離れした人びとの集まりなのだ。そんな凄いところで、さほど身体の大きくない、小柄と言っても良いくらいの朝青龍が横綱である事は、それこそ言葉では言い尽くせないほどの努力と精神力が必要だと考えている。その上、彼は文化の違う異国からやってきた横綱なのだ。(白鳳も同様だが)

朝青龍の話を書くつもりがついつい自分の相撲の事を書いてしまったが、ここから今騒がれている事について真面目に考えてみようと思う。(^_^;)

先ず、詳しくニュース等を見ていないのだが、僕が知っている限りの事で整理してみようと思う。

1)名古屋場所の後にケガが発覚した。
2)巡業を休んでモンゴルに帰った。
3)ケガで巡業を休んだのにサッカーで遊んだ
4)謹慎の処分が下った。
5)精神的に参っている。

と、こんなもんなんだろうが、僕が思うには、巡業も大相撲にとっては重要な仕事であると言う事なので、モンゴルに帰る事ができるなら、巡業で相撲を取らずとも、土俵入りだけでもするべきだったと思う。土俵入りも無理なら、サイン会のようなものや写真を撮ってもらうだけでも良いのでは無いかと思う。でも、モンゴルに帰って、お遊びのサッカーをやっていたからって、一般の人がそんな目くじら立てる事かな。

その上、テレビの巡業先でのインタビューを見ると、「朝青龍が来ていないからつまらない」といった言葉は聞かない。それどころか、「朝青龍は悪くない」と書かれた横断幕を持っている客がいたほどだし、巡業は大盛況という。じゃぁ、誰が怒っているのか? 普段スポーツとしての大相撲をほとんど取上げず、ゴシップや八百長疑惑などと言った事にすごく反応するマスコミだけでは無いの? 相撲に関心を持たない人は「へー、しょうがないなぁ」くらいの反応では無いの? それがこんなに盛り上がるのって、なんかおかしいと思ってしまうんだな。

先に挙げた成り行きで考えてみると、「ケガが発覚して巡業に参加出来ないのでモンゴルに帰った」となっているが、横綱は協会に届けも出さずに休んで良いはずが無いと思う。だから、診断書を付けるなどをして協会に休む事を伝えているはず。このような手続きは巡業が重要な行事と位置づけている協会ならあって当然だし、無ければ、それこそ税的に有利な団体であると言う公共的な立場なので、協会の責任を追及されても仕方がないだろう。

休業届けのようなものが提出されていたと仮定すると「ケガして参加出来ないのか。土俵入りも出来ない? では自宅で静養でもしてろ」って事になると思う。その時に「モンゴルに帰りたい」と朝青龍からあったかどうかは解らないが、頻繁に故郷に帰っている朝青龍だから、「日本で大人しくしてろよ」とくらいは言っておかなくてはならないだろう。ヒョッとしたら「モンゴルに帰っても良い」と言われたのかも知れないな。

だから、モンゴルに帰ってサッカーをした責任の大部分は協会にあるのであって、朝青龍は協会の罪をかぶっている状態では無いかと思うのだ。「あのときモンゴルに帰っていいって言ったじゃないか!」ってね。これじゃ、だれでも精神的に参っちゃうよね。

批判の大部分は「サッカーができるくらいに元気なら、巡業に参加せい!」って事だと思うが、朝青龍がどのような経緯でサッカーをすることになったか解っている人がいるのだろうか? 僕も知っているわけでは無いが、国民の英雄とも言える朝青龍が何かのイベントに参加すれば、ほとんど国か自治体の要人がその場にいるだろう。その中の人に誘われたのかも知れない。中田もいたようだから、中田に誘われたのかも知れないし。歩いたり走ったりはできるのだから、「サッカーぐらいは良いか」って思ったとしても全然おかしくない。ケガをしながら本場所を戦ってきた本人が「できる」と思ったんだから、良いんじゃないの? それでケガをして一番困るのは本人だし。

それから、サッカーのヘディングと巨体力士のぶつかり稽古では全然負担が違うし、静養も次の本場所に備えての事なら重病では無いと思う。多分、協会としては「軽傷なのに、なぜモンゴルに行かしたのだ」って批判が怖くて、いろんな事をしてそれが裏目や後手に廻っているようにしか見えないな。歴史ある国技でも、人はいろいろ変わってきていて、現代っ子が相撲を取るんだし、外国人力士も当たり前になってきているんだから、いろいろとシステム面で再考した方が良いような事もあるんじゃないかと思う。

って書いてきたけど、協会は全て知っていたのじゃないかと思えてきた。全てと言うのは、モンゴルに里帰りして、イベントに参加する事。モンゴルの要人に「朝青龍をお借りしたい」とか言われたので、「診断書を提出すれば良いよ」って事になっていたんじゃないかと…。サッカーをやって、こんなに批判があるとは予想していなかっただろうけど。(^_^;)

今回はこれくらいにしておく。本当はもっと書く事があるんだけど、キリが無くなってしまうからね。しかし、まとまりの無い文章になってしまった。すみません。m(_ _)m

最後になってしまったけど、僕の得意技は左下手投げ。(^_^;)
by chankin1 | 2007-08-09 02:50 | Sport

ほとんど毎日、明治のミルクチョコレートを食べていますw


by ちゃんきん