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生物はなぜ死ぬのか(1)
人間を考える 3

前回のエントリーからずいぶん経ってしまいましたが、このカテゴリも続いていますよ(^_^;)。しかし、テーマが大き過ぎて、ひとつエントリーをアップするのにずいぶんと時間と労力を要します。今回アップするエントリーも何度も書いては直し、書いては直しを繰り返して時間がかかってしまいました。それでも、まだまだ十分なものではありません。項目によっては中途半端なままアップしているものもあります。ですが、こんな事を繰り返しているとアップできるのがいつになるかわからなくなるので、まとまりの悪いものでもアップしようと思いました(^_^;)。前のエントリにも書いた事があると思いますが、アップした後に修正、加筆をする事もあると思いますのでご承知置きください。(^_^;)

おことわり

お分かりと思いますが、このカテゴリーにエントリーするものは、学者でもない僕が個人の経験や少ない知識の中での考えている事ですので、到底答えを求める事などは出来ないでしょう。ですから改めて言う事でもありませんが、疑問に思っている事や僕なりの考えを書き出しただけのものです。興味がある方が軽い気持ちで読んでいただいて、書かれている事に突っ込んだり、間違いを指摘するなどしながら、各個人で考えたり答えを見つけていただけるようなものになれば幸いです。



さて、前回のエントリーでは、人間やその他の生物が成す地球上の生態系は幾度も進化を繰り返し、または淘汰されて作られてきたもの、そして、それは何らかの法則によって作られたのではないかと考えている事を書きました。しかし、その過程においてたくさんの生命の「死」があった事には触れていません。今回は生命が現在まで命を繋いできたその裏に、膨大な「死」があり、なぜ死ななければならなかったのか、死ぬ事にも何らかの法則が働いているのか、または何か意味があるのかを考えてみたいと思います。

なぜ生物は死んでしまうのか?

現在の地球上には巨大な樹木では何百年も生きているものもありますし、クラゲの一種「ベニクラゲ」は死なずに若返る事を繰り返すと言います。しかし、人間をはじめ多くの(発見されている中で)動植物は死んでしまいます。老衰と言う言葉がありますが、生命が若い内はどんどんと新しい細胞が生産され成長します。しかし、年を取るとともに生産能力や抵抗力などが落ち、やがては死んでいきます。この事は当たり前の事として捉えられていますが、よく考えてみると幼生から成体へ成長したものが、なぜその状態を維持できないのか逆に不思議ではないでしょうか。成長期に見るような盛んな細胞分裂が、なぜ年を取るとともにその能力が衰えるのか疑問に思うのです。そこで、今回はなぜ生物は死んでしまうのか、現在考えている事を述べてみたいと思います。

死ぬ理由を考える前に

生物がなぜ死んでしまうかを考えるとき、先ず、どんな生物も受け継ぐというDNAの事について考えなければならないでしょう。「なぜ、生物はDNAを受け継ぐのか」「なぜ進化するのか」「なぜ、進化する生物と進化しない生物が存在するのか」などです。

いくつかの理由が想定できます。私達人間が何か作業する時に、それを行ないつつ無駄な部分や、失敗に繋がるような事は自然と言っても良いように排除していきます。良いところは残し、不要なところは無くす。これをDNAも行なっていると考えられます。つまり、より生存に有利な部分を残したり、改善したものを次の生命に渡していくのです。

進化しない生物については、未知の部分があります。それは「進化しないとされているが、ゆっくりな為に人間が認識出来ない」かも知れないと言う事です。例えば、現在の形に至るまで進化を繰り返してきたのだが、急激な進化の必要が無くなったと言えなくも無い。将来、生活圏に劇的な変化が起これば、またそれに合わせて進化するかも知れないと言う事です。なぜなら、進化が止まったとされるものたちも、そこに至るまでは進化をし続けてきたわけであるから、現在は休止或いは人間にはわからないほどのスピードで進化しているとも考えられるからです。

(加筆予定)

ひとつは、「生命が誕生した時に不死になる機能を持つことができなかった。」もうひとつは、「不死の機能は持っているが、外的或いは内的要因によってそれを妨げられている。」そして、「死ぬ事によって進化をする選択をした。」つまり、「受動的にそれを受け入れざるを得なかった」のか、「能動的にそれ(死)を選んだ」のかと言う見方です。

この「受動」か「能動」かによって、そこから生命について考える時、ずいぶんと考え方が違ってきます。受動的ならば不死を実現するための進化であるかもしれないと考える事ができます。地球上の生命の長であると考えられている人間は、地球上に誕生してから現代に至るまで、さまざまな方法(医療、食品、環境)で寿命を延ばしていますが、これらの事は不死、或いはそれを達成するためのものと言えなくも無いでしょう。しかし、その仮定が正しいものかを見極めるには、影響を受けざるを得なかったものが何なのかを突き止める作業が必要だと思います。

一方、能動的な死ですが、近年の研究では死(寿命)はDNAに組み込まれているされる考えがあるようです。それが主流の説なのかは未だ解りませんが、もしそう考えるならば、死ぬ事のメリットを探求しなくてはいけません。死ぬ事によって、個体が長く生きるよりも、種を存続させる上で有利な事があるのではないでしょうか。

では、先ず受動的(不死にはなれなかった)な場合から考えてみたいと思います。

生物は不死にはなれなかった?

「生物は不死になれなかった?」この問いは何度も書いてしまいますが、到底答えが出るようなものではありません。答えを出すにはわからない事が多すぎるからです。前回のエントリーで「生命の誕生」について書きましたが、それとて現在科学者の中で想像されている事でしかありません。誰もその時代にいた者はいないし、記録(地層学も含め)もほとんど無いからです。それでも敢えてこの問題を考えるのは、これから答えのようなものを見つけていかなければ先に進めないからです。

前回のエントリーでは生命の誕生時に「生命は未来を見ていたのか不思議だ」と感じた事、そして、それを実現させたものは何らかの法則(意思)ではないのか、と考えていることを書きました。原始の生物が進化するプログラムをDNAの中に持ち得た事は、偶然としては気の遠くなるような確率のもの、また、偶然にしても可能かどうかわからないくらいのものです。それが今日に至るまで継続されるだけの機能を持ち得た事を考えると、その確率は無に近い数値になるのではないかと思います。
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by chankin1 | 2007-02-15 21:48 | 人間を考える
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