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終戦記念日で思う事
 今年もいよいよ8月15日が近づき、小泉首相の靖国神社参拝の議論が熱を帯びてきました。それに加え、時期自民党総裁候補ナンバーワンの安倍氏が4月に靖国神社を参拝したとかで、総理、総裁になっても参拝するのかどうかと質問を向けられています。そこで、今回は先の戦争、靖国神社について考えている事を書きたいと思います。

 先の戦争において、日本への原爆投下は忘れられない事であり、人類が恒久平和を手に入れるまでは風化させてはならない事だと思います。しかし、これは反省すべき点の一部であって、他の事柄も忘れてはなりません。



 広島には中学の修学旅行、長崎には高校の修学旅行で行きました。その頃の僕は能天気に人生を送っていたので、事の重大さがわかりませんでした。原爆ドームや現場の写真や資料を見て、大変な事だったと認識はしていても、どこか他人事のような気がしていたように思います。しかし、歳を経る度にだんだんとその恐ろしさが認識できるようになってきています。それは、これまでにいろいろなものを見聞きし、判断材料が増えたからでしょう。それでも、本当に被爆された方や、その時代を生きてこられた方々とは比べようもないのですが、少なくとも僕の中で広島・長崎のそれは確実に大きく変化しています。

 広島・長崎を語る時、原爆を投下したアメリカに対して、さまざまな議論が沸き起こりますが、議論がそこ止まってしまってはいけません。もちろん、アメリカが投下した事は事実ですし、その行為は反省を求めるべきものです。多くの非戦闘員までも死に追いやった原爆投下が良い事ではない事はわかりきっています。

 当時の世界状況は、さまざまな国や人々がいろんな思惑で、人の命が今より軽く考えられて動いていた時代でした。力を持った国や人が力の無い国や人を支配し、民衆の知らないところで同盟を結んだり敵対したりしていました。そうした中で、人類の未熟さが原爆投下と言う象徴的な事柄となって現れたのでしょう。

 原爆投下慰霊碑には「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」と言葉が書かれていますが、これにについて議論があるようです(参考:バーチャル フィールドワーク<広島平和都市記念碑)。作者がどのような意味を込めて書かれたのかはわかりませんが、当時の山田広島市長が言われたように、この原爆問題は全世界の人類がその責を負うものであると捉え、国や宗教、民族を超えて全ての人々が考え、背負って行くべきものだと思います。また、この事は原爆以外の兵器であっても同じ事です。「過ち」は戦争と言う行為であって、兵器の大小では無いからです。

 先日はイギリスにおいて、テロの未遂事件が発覚しました。アメリカ主導で行ってきたイラクの開放も収束していません。イスラエルとアラブ諸国のいざこざも収まる気配がありません。たくさんの子供たちが殺され、青少年や女性達が戦闘に加えさせられています。私たちが普段の生活をしている間にも、たくさんの人々が戦いによって亡くなっているのです。これらは未来永劫に続くのかと思わせるほど、解決の糸口が見いだせないような難しい問題を孕んでいます。しかし、誰かがどこかで止めなければなりません。その誰かとは力のある指導者でしょうか。それとも、聖職者でしょうか。そうではないと思います。この魔の循環を止めるのは、地球上に生を受けている一人ひとりだと思います。指導者は人々に精進する機会を与えなければいけません。聖職者は精進の方法を伝えなければいけません。そして、地球上の一人ひとりが各々に精進し、生の自覚をして、魔の循環を断ち切るより無いのではないでしょうか。

 今、問題になっている靖国神社について話されている事柄にも、同じ事が言えると思います。靖国神社には国の内外を問わず、たくさんの御霊が合祀されていると聞きます。アジアの一部の国からの批判がありますが、「罪を憎んで人を憎まず。」と言われ、戦争で亡くなった方々を国や身分など区別せずに祀ってあります。その考え方には理解ができますし、共感も覚えます。しかし、小泉首相が言っているように「心の問題」としたとしても、その行為によって心を痛める方があれば、それを考慮するのが心を大切に思っている人のするべき行いなのではないかと思います。たとえ、それが近隣諸国の方々の誤解や無知による反感だとした場合でも、その誤解を解く事が先で、「相手が悪い」と言っていても事が良くなる事などありません。外国の人でも、現在生きている人々の心を大切にできないようならば、靖国の御霊にもその程度の思いでしか、お参りをできていないのだと思います。

 小泉首相が特攻隊の方々の手紙を読んで感動されたように、人々にはそれぞれの歴史と様々な思いがあります。それは国の内外を問いません。それを自国や自分の事のみを考えて、相手の考え方が理解できないと突っぱねるだけでは、日本が世界平和に貢献するなど、到底できるはずがありません。そんな相手の事を理解できない、理解しようともしない人物の言うことに、誰が聞く耳を持つと言うのでしょう。

 靖国神社が今後形を変える事があったとしても、先人のさまざまな思いや行いが変わるわけではありません。しかし、神社の形のみならず彼らの思いや行いを、今、生を受けている私たちが変えてしまってはいけません。私たちの今の環境で、情報で、感情で変えてしまう事は、先人の思いを踏みにじる事になるのだと思います。人は時々「私の(気持ちの)何がわかる?!」という事を言います。同一人物ではないのですから、当たり前といえば当たり前です。その人の歴史や状況は各個人でしか分かりようがありません。では、どうしたら良いのでしょう。それは、その人或いは国の存在をただ認める事だと思います。全てがそこから始まるのではないかと思うのです。

 ここのところ、NHKが終戦記念日にちなんで、過去の資料を元に検証番組を放送しています。また、民放でもいくつか放送されているようです。その中で、昨日見た番組ですが、韓国で放映されている映画の事をやっていました。題名は失念してしまいましたが、内容は「朝鮮、韓国の統一に向けた近未来を想定した映画で、日本がその統一に横やりを入れ、最終的には日本が謝罪する」とストーリーのようです。それを見た観客の反応や感想を流していましたが、やはり「日本は悪い国」と言うイメージを持った人が多かったようです。しかし、中には「子供に悪いイメージを植え付ける」と答えた人もいましたし、「日本を悪く扱い過ぎ」と答えた人もいました。これは、日本にも同様な事が言えるでしょう。見せられた情報を鵜呑みにする人もいるでしょうし、影響を受ける人もいます。また、それを教訓や反省材料にする人もいるでしょうし、自分で真実を求めようとする人もいるでしょう。

 この事は、結局、各人が「どのように生きて行くか」で変わってくるのではないでしょうか。物事をどのように見、どのように受け入れ、どのように処理するか。それらをどのように磨いて行くか。それが人類の今後の課題だと思います。

※上手く纏めきれませんが、世界平和の実現を願って止みません。

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by chankin1 | 2006-08-14 02:48 | 政治・Social(社会)
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